Dr.朴略歴

略歴
1949年 大阪市生まれ
大阪大学医学部卒
循環器内科・神経内科・内分泌内科専攻
()国立大阪南病院、大阪大学薬理学教室、大阪大学微生物研究所を経て多数の難病治療の実績を有す


総合内科医として、救急外来において全科の治療を取得。
その後、関西初の僻地におけるペースメーカー手術を始め、多数の難病治療の実績を有す。その後開業。
20世紀末、NHKの要請によりこころの時代で、日本で初めて西洋医学と東洋医学の併用を説く。
その根拠として、幼少時より韓国伝統漢方医
(チャングム)の家系に伝わる東洋運命医学を完全習得し、約50年に渡り、経絡漢方薬処方で難病の完全治癒例を多数実証。

その他

大阪文学学校招請にて、文学者300名に「心と内臓と脳」の講義を行う〈30代〉
NHKこころの時代招請にて、日本初の西洋医学と東洋医学の融合を説く〈50代〉
国際組織 韓国YMCAソウル本部にて、医療版、運命版漢方体操を公開。その後国際セミナーを中断し、在日韓国人無実の罪スパイ事件の集団解決に向けて動く〈50代後半〉
西洋医学国際医学会にて、医療版漢方体操を初公開〈60代〉

創出の経緯 プロローグ

運命学の妄想で一生棒に振る

人類は数千年間、非科学的な運命学や星占いに興味を示しました。そのせいで一生を棒に振った人が、歴史上数えきれないほどおります。人類のほとんどが運命学や星占いに興味があるのは、自分のエゴの意味づけを行うために、良い運命の星、良い星座という妄想を探し続けるのです。
数千年前、運命学と東洋医学は一緒だったのです。実にびっくりするところではありますが。その融合した真の運命学と医学の目的は、地位、財、名誉などの妄想の運命を良くすることでなく、丹田発声法によって心の成功体験をつくることに尽きるのです。副産物として才能運、人間関係運、生活運が良くなるのです。

運命好転の謎、心スッキリ丹田熱

心スッキリ丹田熱を2ヶ月体験すると、副産物として才能運、人間関係運、生活運の変化が発生し、運命が大転換します。運命大転換の本質は、心スッキリ丹田熱という心の成功体験をすることです。現象としては無意識能力が開発され才能運が変化し、縁切り・縁結び力が出来て人間関係が好転し、生存本能の正常進化が発生することで生活運が好転します。
生物医学では動物の超能力、クジラが南極、北極へ行ったり、象が見えない所の水を探したり、イルカが音波で対話したりする超能力は人間にはないとされていますが、実は生物医学的に心スッキリ丹田熱の心スッキリ成功体験自分づくりこそが、人類の生物医学の超能力だったのです。

運命医学の絵巻物で予言されたDr.朴の一生

私は大阪生まれの在日韓国人二世で、両親は戦争前に日本に来た徴用工で学校を出ておらず、戦後職がなくなり、私が生まれた当時は極貧の生活をしていました。しかし幼少時から両親にチャングム(韓国宮廷医)家系の末裔であることを言われ、小学生になると近所のチャングム家系の1人であるおじいさんのところに行き、運命を診てもらいなさいと言われました。

チャングム家系のおじいさんは、私と初対面の際
「ぼくちゃん、日本に生まれたんやね。ぼくちゃんは運命医学のこの絵巻物を引き継いで完成させて世界に残すんやで。そのために西洋医学の医者になって、この運命医学の絵巻物の治療法を完成させるんやで」と言われました。

私は
「人間はどうせ死ぬし、医者も嫌いやし、運命かえられるんだったら、1日1食の貧乏生活から脱して金持ちになりたいです」と答えました。
「だからこそ、この運命医学の絵巻物を全部丸暗記して運命かえるために、ぼくちゃんは日本に生まれたんやで」
ということで、週に1回小学生の内弟子生活が始まりました。

おじいさんは私を横に座らせ、前に居る4、5名のお客さんに運命鑑定をしていました。お客さんを次から次に呼び出し、そろばんを弾きながら手でお客さんの脈を取って運命鑑定をしていきました。
絵巻物には胃の絵と数字が書いてあって、おじいさんはその中の一人を「胃が何ヶ月も痛いでしょう」と言い当て、相手は目の玉が飛び出すほどびっくりしていました。

また次の例では、金銀で着飾った馬車に乗った絵巻物の絵でした。
するとおじいさんは、またそのお客さんに何の前触れもなく、
「大金持ちで外車に乗ってますね」と言いました。
「なんでわかるんですか」
お客さんがそう答えた矢先に、
「肝臓にできものできているでしょう(今で言う肝ガン)」と言いました。
お客さんはびっくりして、
「この前医者から言われました。何とか助けてください!」と言って、土下座して泣きました。

「木火土金水」の数字と「肝心脾肺腎」の数字を見て、私はこれは運命的な病気と運命的な人生の仕組みを表しているものだと直感し、内弟子といっても見学修行でしたが、おじいさんに言いました。
「お客さんをびっくりさせたり、泣かせたりする前に、運命をかえる方法を教えてあげたらどうですか」
「そのためにぼくちゃんが日本に生まれるのを待っていたんやで。我々チャングム一族の数世代に渡る伝承で、運命医学絵巻物の秘伝、治療法を解明して、世界に出す医者が日本に現れるとのことだったんや。それがぼくちゃんなんやで。」


両親は戦前に朝鮮半島から日本に渡ってきて、学校に行けないので学歴もなく、徴用工で働き、戦後もほとんど収入のない日雇い労働で飯を食うのに精一杯でした。私はそんな医者だの学問だのに無関心だったので、運命を診てもらってから、チャングム一族のおじいさんの言う通りにするかしないかを決めようと思いました。そこでおじいさんに私の運命を診てくれませんかと言うと、おじいさんは、私の脈をとって、体のゆがみを診てから生年月日を聞いて運命の絵巻物を開きました。そこに晩年、全世界に絵巻物を広めてたくさんの人を救っている姿と、20歳前後で刑務所に入っている絵がうつりました。

刑務所に入るくらいならチャングム家系の伝えを実現するよりも金持ちになろうと、まずは刑務所に入らないように日本を脱出しようと思いました。高校生になったらおじいさんに教えてもらった科挙学習法で英語をマスターして、すぐにアメリカ行って寿司屋になろうと決心をしたのであります。

※チャングム家系の秘伝、運命の絵巻物以外に丸暗記させられた文献は以下の古典です。
朱丹渓 格至余論、局方発揮 / 李時珍 本草綱目 / 楊継州 鍼灸大成、本草修要 / 葉天士、温熱論、臨床指南医案、医法集解 / 呉鞠 温病条辨  / 許浚 東医宝鑑  / 伏義 易経 / 劉基 滴天髄 / 徐樂吾 造化元論 / 沈考瞻 子平真詮

 

※続きを読む時間のない方は、以下の冊子テキストを購入すれば、運命を選ぶ心の形の秘密を知ることが出来ます。

創出の経緯 本編ABC

Ⓐ 幼少時丹田発声法 〈心スッキリ丹田熱〉から無意識能力開発の科挙学習法をマスター

Ⓐ-1幼児期に家伝の丹田発声法源流で東洋運命医学を丸暗記

先程申し上げましたように、私は70年以上前に日本の大阪で生まれた在日韓国人二世です。

両親の先祖はいわゆるチャングムの家系です。 テレビの韓流ドラマでおなじみの医療集団ですね。

先祖をたどると、中国満州地方から高麗時代に半島に南下した高度な医療技術を持った集団でした。 王族貴族の体や心を治療し、武術を教えたり、 食養を教えた集団です。

半日仮死状態にあった青年を鍼一本で蘇生させたりと、その受けついだ技術は現代からみても奇跡的なものです。

 父母の先祖は、韓国の南端の山の上で、その一族500人ぐらいで自給自足をしていたようです。

 私は、先祖の遺言で医者にならねばならぬとのことで、幼少時から近所に居た一族のおじいさんから家伝の東洋医学、運命学、つまり漢方薬、ツボ伸ばし運動などの東洋医学や、いわゆる世間でいう地位財名誉の絵巻物の載っている運命学、 それらを丸暗記させられました。 正座して本を持って訳のわからない漢文を丸暗記させられました。

Ⓐ-2 チャングム家伝 秘伝 科挙学習法は丹田発声法の〈心スッキリ丹田熱〉からの無意識能力開発法である

後年気づいたことですが、これが科挙(かきょ)学習法でした(詳しくは後述)〈冊子テキストの一般丹田発声法が科挙学習法の基本〉。  中国や韓国、朝鮮で行われていた科挙の学習法ということで、嫌で嫌でたまりませんでしたが、不思議に漢文が映画のように記憶に残りました。

この正座して全文を丸暗記させる勉強法は、科挙の学習法といい、古代中国の強烈な官僚登用試験勉強に使われたもので、何万人もの受験戦争に合格するための方法だったそうです。しかし私は遊びたい盛りに丸暗記をさせられ大の勉強嫌いになったのです。

ちなみに東洋医学と運命学の経典、つまりはチャングム家伝の経典は、現代の東洋医学や西洋医学を真っ向から批判するものであり、現代医学の間違いだらけがわかるものであります。また現代の漢方薬の診断は間違いです。

本来の漢方薬は今のような現代医学の病名がなかった時代からあるのです。病名であれやこれやと漢方薬を出すのは大間違いなのです。

Ⓐ-3 漢方体操の丹田発声法で、珠算暗算日本一と大阪大学医学部入学

私は、勉強嫌いで大阪下町の小学校中学校でビリから数える成績でした。幼少時の苦しい丸暗記によって勉強嫌いになったのです。また、日本人から阿呆の朝鮮人、醜い朝鮮人と差別されていました。なにくそと思い、医者嫌いで勉強嫌いの私は中学を卒業したら米国に移住して寿司屋をしようと思いたちました。そこでお金の計算をするための珠算だけはやっておこうと思い珠算学校へ通いましたが、そこでもビリでした。

食事も一日一回という貧しい韓国人の家庭に生まれたものですから、栄養失調で体も小さく指も縮こまっていたのです。チャングムの家系の言い伝えによる診断によれば、私の運命は、世界的人類史的な運命医学を残す名医になると言われていたのに、小さな体で虚弱である上に心がズタズタになっていました。

そこで苦しい科挙の学習法を寝床で楽にできるようにと、自律神経調整法で神経を安定させるように改編した結果、頭の中でそろばんを浮かべるのでなく、お腹の中でそろばんを浮かべるようにし、1年も経たないうちに珠算検定暗算で日本一になりました。小学校5年のときです。

しかし両親からは医者になる以外、それも国立医学部で学費の安い医学部へ行く以外はお金を出せないと言われていました。当時、年間学費が1年間で1万円でした(笑)。高校受験の3ヶ月前から科挙の学習法を行い、公立で学費は安いが地域でトップの天王寺高校という進学校に入学しました。

しかし、そこでもビリから数える方が早かったです。 高校時代は医者になるよりも、卒業後すぐ米国移住して寿司屋をやってお金持ちになろうと思っていましたので、英語だけは3ヶ月でマスターしておりました。科学的につくった科挙学習法の成果です。しかし勉強嫌いなので他教科は全てビリから数える方が早い点数でした。

そんな時、米国領事館で調べていると、医師免許を取った方が米国移住しやすいことが分かりました。それで大阪大学医学部入試3ヶ月前からようやく科挙学習法を始めました。

 私はその当時から、人間どうせ死ぬのになぜ医療が必要かという考えでした。生きてる間よりも死んでいる時間の方が長いのに、なんで病気を治すんだろうと思っていましたので医者嫌いでありました。

Ⓐ-4 入試遅刻事件

大阪大学医学部入試当日、乗る電車を間違えて、実に2時間遅刻してしまったのです。3時間の試験で、仕方なく最後の1時間に工夫した科学的科挙学習法で答案用紙に書くと、勝手に手が動いて満点合格となってしまったのです。

でも合格してもちっとも嬉しくなかったのです。どうせ人間死ぬのになぜ病気を治すのか。それよりもアメリカで寿司屋を全国チェーン化して大金持ちになって、生きてる間は楽しく自由に世界を回って豪華な食事をしたいと思っていました。マイホームとか結婚とかには全く興味はありませんでした。

Ⓑ 韓国軍事政権下での無実の罪、拷問死刑宣告

50年以上前は、今より激しく在日韓国朝鮮人は差別されていたのを皆さんご存知ですか。知識でご存じでも真実はご存じないと思います。

私たち在日韓国朝鮮人は日本人から過酷な差別を受けるとともに、北朝鮮では韓国や日本のスパイ韓国では北朝鮮や日本のスパイとして、無実の罪で拷問や死刑を受けてきたのです。

Ⓑ-1南北朝鮮、日本での在日差別

戦後間もなく北朝鮮の在日帰国大事業以来、北へ戻った在日のほとんどは韓国や日本のスパイと疑われ、北の強制収容所で拷問を受け、亡くなった人も多数いました。

同時期、韓国の朴正熙(パク・チョンヒ)軍事政権では、在日韓国人が韓国を訪問すると、ことごとく北のスパイの疑いで取り調べを行いました。韓国が日本の公安庁に照会をすると、日本の公安庁もでっち上げで、そいつは北のスパイだと、何の証拠もなく回答していたのです。

 

そんなことを知らない当時の私は、米国移住に必要な韓国の本籍地の書類を取りに帰国しました。その時、ソウルに留学していた在日韓国人学生の友達の下宿で私は突然、韓国中央情報部に拉致監禁され、拷問を受けることとなったのです。北朝鮮の地図が貼ってあるコンクリートの一室で、徹底的に無実の罪の私は拷問を受けたのです。

Ⓑ-2 時代遅れの出入国管理法案

今となって分かったことは、私が50年前の日本の出入国管理法のデモに参加していたからです。その時に私を北のスパイと勘違いし疑ったのです。その後この法律は北のスパイを取り締まるため、在日に市民権、選挙権を与えないものとされ、今でもこれは国際的に違反とされています。今でも不思議に思うのですが、本物のスパイはデモに行くはずがないんですがね。

日本は人権後進国なのです。戦後80年日本国民も政治家も、人権後進国ということにほとんど気付いていないのです。

日本は戦後からずっと国連から国際人権法違反国家とされているのは、この入国管理法案なのです。政治亡命を認めないことが、政治の谷間で無実の罪の人が沢山いるということを分かっていないので、沢山の無実の罪をつくっているわけです。

日本の公安庁韓国軍事政権と更に北朝鮮共産主義の独裁政権は、在日韓国人の無実の罪の方々を沢山つくりました。つまり北朝鮮、韓国、日本の三つの集団の方向からスパイと疑われると、助けてくれる団体はどこにもありません。拷問の後遺症で廃人になり、優秀な人間がたくさん、その後の人生を奪われたのです。

私は母国の韓国であれば安全と思い、ソウルで友人と食事に行ったり、楽しく街を見学していたところ、突然十数名の韓国情報部員に拉致、監禁されたのです。理由が分からず頭の中は真っ白な状態で、拷問を何度も繰り返されて、死にたくても死ねない拷問と失神を繰り返したのです。無実の罪への拷問が最もきつくなるのはおわかりでしょうか?何も知らないから、黙っているから、超大物スパイと間違われたわけです。

歴史の流れから、在日韓国人、朝鮮人は北であれ南であれ、朝鮮半島に帰るのが筋であります。何故、在日が6,70万人残っているかと申しますと、第二次大戦後、朝鮮半島への帰国運動が100万人単位で行われていたのでありますが、その途中で朝鮮戦争が起こったからです。ですから今、日本にいる在日韓国人、朝鮮人は、政治亡命か難民集団ということになるのが正しい筋なのです。第二次大戦後、在日である私の両親のおじさんらも韓国へ帰国しましたが、その時に起こった朝鮮戦争で数名が戦死をしています。
その後論理的に考えた私としては、難民であるがゆえに、日本で生まれても、朝鮮戦争が終わって平和になれば自分の国、韓国へ戻らなくてはいけない、もし韓国が嫌であるならば、移民大国のアメリカへ移住しなけらばならないと思っていました。常に、いつまでも外国に居て、基本的人権を要求したりその国を批判したりするのは、卑怯なことだと感じていたからです。

この辺の話は、日本におけるマスコミのインテリなどにいくら話をしても理解できないようです。島国ですから、政治亡命ということの意味が分からないようですね。何十年も日本の政治家をマスコミで見ますと、政治家が日本語を使えないんですね。自己主張がゼロですね。自分の意見を言う時に必ず、他人の同調が得られるかどうかを伺いながら意見を言います。これは自己主張ではないのです。皆、喋っているのを見ると、小さな村の村長さんが、自分は偉い、自分は偉いとばっかり言っているようですね。私は4、50代の時から、日本の有名政治家から何度も帰化して政治家になってくれないか、国会議員になってくれないかと言われたものですから、断ってこうアドバイスしたものです。「あんたら、アメリカに原爆落とされたんやから、ヒトラースターリンより残酷やと言って、アメリカを戦争犯罪国家として全世界で裁判起こしたらいいのに。でも私がこう言ったら、ほとんどの日本人が、米国と仲良くやっているのに何てこと言うんだと怒って、私を共産主義だ!アカだ!あなたのような人が戦争を起こすんだ!あるいは極右だ!暴力主義やテロはいけない!と言うでしょう(笑)」

Ⓑ-3 夢見る生物医学的 生存本能超能力

拷問そのものよりも、失神から目覚めた後がより地獄の苦しみでした。死んだ方がよっぽど楽なわけです。失神の後、私は夢かうつつかわからない状態で、常に鳥や魚になる夢を見空を飛んで日本にたどり着いている玄界灘渡って泳いでいるなどの夢を見たのです。

ハッと我に返ると、コンクリートの床はバケツの水と見まちがえるぐらいの水溜まり、私の汗です。心臓は300以上の鼓動を打って、それが何日も続いたのです。現実か夢か、夢か現実かわからない状態であったのです。

Ⓑ-4 死刑直前の運命転換

無実の私は死刑宣告を受けました。

死刑宣告後、数日間は拷問担当官のニヤニヤした喜びの顔とともに、次の言葉が老齢を迎えた今でもほとんど毎日頭に浮かぶのです。

「お前を死刑にしたらボーナスがもらえる。嬉しいのだ。」

 

死刑宣告の後、何日も私は恐怖と直面し、心と戦うこととなりました。

まずは哲学者ニーチェ。ニーチェは死の問題と立ち向かって、次の言葉を残しています。

「これが生だったのか、よしもう一度」

この言葉を私は死に変えて、「これが死だったのか、よしもう一度」と何度も何度も自己暗示をかけました。しかし全身は硬直痙攣、 頸椎、仙骨骨折、疲労困憊であり、余計死の恐怖が私を襲いました。

次に死の恐怖に打ち勝つために、今まで西洋医学で習ったあらゆる心身技法を思い浮かべました。最後に出てきたのは東洋運命医学と、幼い時から学んでいた漢文でした。

Ⓑ-5 死に物狂いの漢方体操 丹田発声法〈心スッキリ丹田熱〉から生存本能超能力への試行錯誤

今から思えば、死の恐怖と立ち向かうことができる丹田発声法の源流を、私は無意識に、原子物理学、トポロジー(位相幾何学)を含めて、あらゆる科学を元に作っていたのでした。

結論だけ述べます。チャングムの家系の秘伝を必死で思い出すと、「運気転換 用神経絡経筋発声法」という文章が思い浮かびました。そこで、内臓の乱れとインナーマッスルの緊張が死の不安の元であるので、内臓の乱れを取る、私だけの経絡運動と、上丹田、中丹田、下丹田のインナーマッスルのブロックを取る赤ちゃんの叫び声をいろいろとアレンジしたのです。

死の恐怖よりは生まれる恐怖、つまりバーストラウマ(出生時外傷)の恐怖の方がきついからです。そのバーストラウマの恐怖を取れば死の恐怖がなくなるのです。

バーストラウマの行動療法として、赤ちゃんの泣き叫び声とともに上丹田、中丹田、下丹田のインナーマッスルを強烈に緊張させながら発声し、内臓の乱れを取って内臓丹田熱をもたらす経絡運動(ダイヤ経絡の源流)を行ったわけです。死刑を目前にした私は、何日間かこればかりをしておりまして、疲れ果てたある日突然、全身停止し、全身が光のように包まれたのです。全身を光で包まれる体験をしたのです。

ある日、光に包まれた状態から、元に戻ったときに、目の前に立っていたのが、日本の米国領事館で、私の米国移住の相談に乗ってくれていた米国外交官でした。彼が身元保証人となって私を救出してくれたのです。彼は日本から米国へ帰国する途上であるにもかかわらず、なぜ韓国で拷問を受けている私の前に立っていたのか、びっくりすることでした。

Ⓑ-6 生死を超す心スッキリ丹田熱

私に丹田熱が発生し獄中で光に包まれている時(心スッキリ丹田熱)、その同時期に、日本に居た私を救ってくれた米国の外交官の夢の中に私が何度も現れたそうです。そこで米国への帰国途中で韓国ソウルを見学しようと思い立ったそうです。その旅行中に偶然、韓国中央情報部の呼び出しをくらったとのことです。これが私が九死に一生を得た理由です。韓国ソウルの獄中にいた私が、日本にいたはずの外交官の夢の中に何度も現れること自体が不思議です。

生物の鳥が空を飛んだり、クジラが南極北極へ行く際には、最近の科学では地磁波に相当するナビゲーションを使うとのことで、相手の脳に私の像が映ること自体に、何か生物医学超能力(本能中心)が関係あるのではないかと考え、この生物医学的 生存本能超能力追求のために一生をかけて、もし生物医学的 生存本能超能力が獲得できたならば、無実の罪を私が生きている間に証明し、韓国政府および韓国大統領に謝罪させようと決意したのであります。

 命をかけて、たとえパスポートが下りなくとも。

Ⓒ 漢方体操 丹田発声法〈心スッキリ丹田熱〉から今ここの成功体験づくりへの挑戦

Ⓒ-1 西洋医学を完全マスター

ヒトの生物医学を極めるために、詳しく言えば、生物界、動物界の本能運動の理論を極めるためにも、西洋医学東洋医学関係なしに、西洋医学の神経内科、内分泌内科、血液内科、循環器内科、救急医学、薬理学、微生物研究これら以外に生物医学に必要と思われる動物の行動心理学、生理学、筋肉学、精神科学、それら全てをマスターするのに10年以上かかるところを、1、2年でマスターしたのであります。

そのおかげあって、関西全域のあらゆる病院から治療を頼まれたり、救急外来診を頼まれました。

他の専門医は、専門分野以外の患者を診る機会をほとんど与えられていません。

ですから、ここ数十年の専門バカ医学教育では総合医はほとんど生まれません。また、当時西洋医学の教え子に、丹田発声法の源流、科学的科挙学習法を教えた結果、医学部教授、大学病院長などに10名以上がなっています。

Ⓒ-2 山ごもりで漢方体操 丹田発声法 今ここでの成功体験づくりへの追求

医師免許を取っても、日本の公安庁、韓国の軍事政権から北のスパイだと、無実の罪で誤認された私は、卒後の就職病院が皆無でありました。そこでこれを良い機会に卒業後まもなく、日本各地の山にこもり、生存本能超能力を追及することにしました。

10数年にわたってパスポートが下りないまま、非合法に韓国に上陸してマスコミに訴えたところで再度逮捕、拷問は免れない可能性がありました。

そこで最悪の場合に備えて、死の恐怖に打ち勝って笑って死ねるような対策をしたのです。

ある時人間の生と死の恐怖を考えてみた時に、生まれた時の恐怖、つまりバーストラウマの恐怖の方が、死よりも圧倒的に強いという、チャングムの漢文の文献を思い出しました。それには「先天の生、後天の剋 (せんてんのせい、こうてんのこく)…」とありました。

近代科学的に言っても、生まれた時のバーストラウマの内臓へのショックというのは、肺などはエベレスト級の高さから、一瞬にして地面に叩きつけられるほどの圧力を受けるのであります。

生と死の恐怖を再体験するものはないだろうかといろいろやってみました。火渡り、崖の上での瞑想、あるいは山の麓から頂上までを倒れるぐらいまで激しく走る、など。しかしそれらは生と死の恐怖として一瞬で終わる、大したことのない経験です。

全国での滝行の行者たちを色々見ましたが、ちょろちょろっとした滝に打たれるだけで、誰でもできるようなスポーツ感がありました。そこでバーストラウマのショックやトラウマを起こすほどの刺激として、内臓のインナーマッスルが極度に緊張し、死ぬか生きるかアップアップする、氷点下の50メートルの滝に入ることを考えついたのです。

バーストラウマの時というのは、手足が動かない状態でインナーマッスルが極度に緊張し、内臓が乱れたまま、恐怖から逃れようと思って「オギャー!」と叫びます。その状態を50メートルの氷点下の滝行で再現しようとしたのです。

 

Ⓒ-3 自責と自虐の山ごもり

しかし滝の前で入れない状態が、2週間ほど続きました。滝の前で3時間もうずくまったまま、自責の念に駆られました。死の恐怖に打ち勝ったはずなのに、拷問当時の恐怖に比べればこれぐらい克服できるはずなのに、再度死の恐怖が襲いました。

この情けなさは一体何なんだと又山にこもりました。食料調達を終え山に向かう私の進行方向と、出勤、通学している人の群れが反対方向へ行くのを見ると、なんと情けない人生なんだ、前世があったとしたら、前世に私が何の罪を犯して、このような最悪の運命になったのだと思いました。

しかも、真理を追求するはずの私が、氷点下の滝の前で3時間も4時間もうずくまったまま、滝行を怖がっている。死ぬに死ねないこの自分を、この2週間は何度も何度も責め続けて、涙が流れるものでなく、涙も出ない枯れ果てた状態であったのです。

涙も枯れ果てた状態だったこの私の自責の念がどこから来るのかと言うと、幼少時、運命学を教えてくれた、チャングムの末裔(まつえい)のおじいさんの言葉でした。

「人の運命は、全て自分の心で決まる。 人の運命は自分に責任がある。」

「どんな不幸な、どんなつらい運命でも、自分が選んでいるのだから自分の責任である。」

 

ある日、丹田を温める発声法で気合を入れているときに、雪の降る中、突然、赤ちゃんのおぎゃあという泣き声が聞こえて来ました。

ここで死んでやろう、そう決意しました。この時の私の決意は次のようなものでした。

自殺すれば何度も同じ苦しい地獄の運命に生まれ変わることは分かっている。しかし、赤ちゃんより劣るこんな私は、何度も何度も地獄に生まれ変わって自殺するしかないよし、この中で死んでやろう。そう決心しました。

赤ちゃんより情けない自分ではないか。赤ちゃんより勇気のない私は生きている価値がない。それがきっかけで、死んだ方がマシだと思って、丹田発声の気合で死ぬつもりで氷点下の滝に入りました。

実際やってみたら皆さんも分かると思いますが、氷点下50メートルの滝行というのは圧力で手足が動きません。そしてインナーマッスルが極度の緊張をして、内臓が乱れたまま冷え切って30分もすれば必ず死ぬのです。

それで死ななくても、氷点下50メートルの滝行中は筋肉硬直が起こり、滝の中から出れなくなり、そのまま死にます。
 

ある日、滝行の中で、生死を超える快楽体験。このような快楽が人生であったのかという、脳のエンドルフィン(体内で分泌されるモルヒネ)の活性化した状態であったと思われますが、全身硬直して滝から出れないときがありました。

その時私は、このままここで死ぬか、それとも滝から出るかで相当悩んだのです。が、「お前を死刑にしたらボーナスがもらえる」と喜んでいた拷問担当官の面々の顔が浮かび、韓国政府と大統領謝罪の復讐の念が湧き上がって、滝から出ることができました。

バーストラウマの疑似体験である氷点下の滝行で、生と死の恐怖を逃れる方法としてつくったのが、インナーマッスルの緊張をリラックスさせる三文字の発声法と、滝行の中で可能な、手を組んで行うダイヤ経絡であり、これによって丹田熱が発生したのでした。

実に心スッキリ丹田熱というのは、最初の拷問の時の体験と、氷点下50メートルの滝行で出来たのです。

Ⓒ-4~9 無意識能力開発

Ⓒ-4 漢方体操 丹田発声法〈心スッキリ丹田熱〉から無意識能力開発の奇跡の実例

山ごもりを終え下界に戻る頃になっても、私の就職先は全く決まりませんでした。全国で探しましたが、どこの病院からも断られ続けました。

このままだと素性を隠して働ける西成の日雇労働しかありません。別にそれでいいと考え、とにかく食べるため日銭を稼がなければいけないので大阪へ戻ろうとしましたが、戻る前にもう一度、風光明媚な和歌山沿岸にある色々な病院に体当たりで訪問することにしました。

とにかく直接、体当たりで訪問し面接をして、採用してくれる病院を探そうと思い、和歌山沿岸を南下して、10件ほどの病院への南紀放浪面談旅を試みたのです。

その旅の最後の日に、私は丹田発声法〈心スッキリ丹田熱〉の無意識能力開発をしていました。ストップ状態の後、非常に景色の良いイメージが目の前にありありと浮かびました。そのイメージというのは、綺麗な水平線の海岸の右端に病院があり、左側の砂浜の手前に宿舎があり、私がその海岸で朝走っている姿でした。

Ⓒ-5 一生残る奇跡の情景

私自身も、これは自分の希望するイメージなのか、あるいは丹田発声法の停止のときに突然出た我欲のイメージか、またこれは私が意図したイメージでなく、丹田発声法を行ったから浮かんだ、雑誌などで見たことのある風景なのか分かりませんでした。

その後、和歌山の南紀にある○町立病院で面接をしました。そこでも案の定、就職面接は断られたのです。その表向きの理由は、その病院の全ての医師は和歌山県立医大の医局の派遣によるものであると言われたからでした。

面接終了後、散歩でもしてから大阪に帰って日雇い労働でも探そうかと思って、何も考えないで歩いていていました。海岸に出た瞬間、あれっ!となりました。丹田発声法の中心法をしている時に浮かんだ、海岸のイメージそのものの景色が目の前に広がって、さすがに私もびっくりしてしまいました。

自分が統合失調症じゃないだろうかと疑いました。統合失調症で、目の前にある景色を以前に見たと言う患者がいます。デジャビュと言って、短期記憶の景色を超能力で過去に予言したという病気で、統合失調症の症状のひとつです。デジャビュじゃないだろうかと思った矢先、後ろの方から町立病院職員が走ってきて、

「和歌山県立医大の○教授が面会希望しておられます」ということでした。それで和歌山県立医大の教授と面接をしました。その時に教授が、私が知るよしもない情報を知っているのに、びっくりしました。教授が言われた、

 公安庁が朴先生を共産主義だと言ってるがあり得ないと思う。」

このひと言で、私の就職妨害をしていたのは、日本の公安庁だということが初めて分かりました。私は何の根拠もなく、依然として日本の公安庁にスパイ扱いされていたのです。

 教授は「朴先生は何らかの道を求めて山に籠っているはずだ」とも言われました。教授は身体障害者でもあったので、人の苦しみがわかる数少ない教授だと私は感動しました。

教授の面談の後この町立病院に縁ができたということです。この教授のように、困った人の苦しみが分かる医者、これが医者の理想です。この困った人の苦しみが分かるのには、人後に落ちないつもりの私としては、感謝の気持ちで町立病院の患者を、徹底的に治療しようとしました。

Ⓒ-6 全国専門医びっくりの僻地(へきち)単独手術

勤務開始後のある日、その町立病院に、不整脈で数日以内に死亡間違いなしの患者が救急で担ぎ込まれました。助かる道はペースメーカー適用のみでした。しかし、当時関西にペースメーカーは大阪大学と大阪の日赤病院に2しかなかったのです。

私は、直接、日赤にかけあって1台を夜行列車で入手しました。また、病院には不整脈の薬がなかったので、麻酔薬を調合して不整脈を治療し、たった1人でペースメーカーの手術をしたのです。このことで私は関西全域で循環器内科の名医として名をとどろかせ、各地の国公立循環器専門、国公立病院からスカウトが来たのです。 それで、国立南大阪病院や国立大阪病院などに勤務しました。

その後、国立循環器センター部長に招請されましたが断りました。 勤務医として厚生省の規制する医学的に無意味で不自由な診療より、家伝の東洋医学と身につけた最高水準にある西洋医学を組み合わせた医療、つまり西洋、東洋医学を融合した劇的効果を実証したいと思ったからです。
40年前に、西洋医学、東洋医学を併用治療したゆえに変人と思われましたが、治療効果が甚だしく、患者が殺到するので拡大移転をし、
最盛期には私が開業してつくった200坪の医院で、私一人で1300人の患者の診療を行っていました。

Ⓒ-7 名声、名誉よりも強い復讐の念

また、私は幼少時からの科学的科挙学習法で数か国の外国語を話せたこともあり、日本人初の宇宙飛行士として、NASA国際宇宙開発団に推薦されました。しかし韓国籍ゆえこの話も断りました。

 ※当時、宇宙飛行士は体重制限がありました。私は小柄ですが、漢方体操で身につけた筋肉で、それなりの体重がありました。 この筋肉を体重制限下に落としたくはなかったのです。なぜなら、 再度、韓国に渡った時にスパイ容疑で拷問を受けた場合、自分の力で命を絶つつもりであったからです。皆さんは宇宙飛行士の体重制限のことはご存じないでしょう()

Ⓒ-8 無実の罪証明の不可能の危機!

私は海外に出たくても一向にパスポートの下りない状態が続いていました。それは、韓国の朴正熙(パク・チョンヒ)から全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領までの数十年に渡る軍事政権のせいでした。

私は開業医として、日本にいながら漢方体操の丹田発声法を一部の重症患者に施し、医療用寝ながらツボ伸ばしと漢方薬も併用して、恐るべき効果を見ていました。 いずれこの西洋東洋両医学の効果と丹田発声法の効果を世の中に残し、パスポートが下りる時期になれば、心の治療として丹田発声法、体の治療として寝ながらツボ伸ばしと漢方薬で韓国のメディアに登場し、そこで縁が出来た人々に無実の罪を明かし、韓国政府と大統領からの謝罪を目論んでいました。

Ⓒ-9 ますます深まる復讐の念

この頃、アメリカの数件の大学より客員教授の要請があったのですが、パスポートが下りなかったため、招請状を2、3破り捨てたことがあります。医者嫌いであるし、また命をかけて韓国政府の軍事政権に必ず復讐する決心が更に固まり、嬉しい気持ちになりました。私は元来実存主義者なので、もし北朝鮮の人間であったならば、必ずや北朝鮮独裁政権の打倒を目指していたはずです。どんな国であれ軍事独裁には反対する思想でありました。なぜなら軍事独裁は無実の罪をつくるからです。

しかし、全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領の時代では全く手がかり足がかりはつかめませんでした。それどころか、ソウルオリンピックが目前に迫り、大韓航空爆破事件があった時、大阪の私の自宅に「ワダシ、アシャヒシンブン、デスケド、チョット、オハナシアリマシュ」と電話がありました。明らかにおかしな日本語です。私は即座に答えました。「馬鹿野郎!お前韓国中央情報部の手先やろ!本物のスパイもよう捕まえられん馬鹿ばっかりが!いずれ復讐するぞ!」と一喝しました。

 韓国と日本は何十年たっても、私を北のスパイと認定していたのです。

Ⓒ-10~12 縁切り縁結び

Ⓒ-10 NHKディレクターからの招請

このままでは生きている間に大統領謝罪は不可能だと分かった私は、日本のマスコミに登場して少しだけ有名になり、韓国のいろんな団体から招請を受けて、向こうで演説するしかないと思いました。

それで、日本のマスコミ関係者を探すためにいろんな異業種の会に出席したのです。その際に丹田発声〈縁切り・縁結びづくり〉を行いました。何度目かの異業種の会で、座談会の時に斜め前に座っていた男性の体の歪みを見た瞬間に、私はその方に言いました、「胸にかけてがん検査をしたらどうですか。もし仮にがんだとしても私が治してあげるから。」そう言ったその人が、NHKこころの時代のディレクターであったのです。

そのディレクターから1週間後、私に連絡があり、とにかく特番を組みたいと言いました。西洋東洋医学融合の特番を組みたい、1時間のTV番組をつくりたいと言うので、患者が毎日300人来ているのに、これ以上名前や顔を知られて忙しくなると困る、だから白象山(はくしょうざん)という名前でラジオの深夜便にしてくれと言ったのです。そこで、西洋医学、東洋医学の融合の仕方を話すということで登場したわけです。すると、なんと、NHKこころの時代聴衆者が100万人ということで、私の話した内容に対して電話が殺到し、回線がパンクしてしまったのです。

Ⓒ-11 漢方体操 丹田発声法〈心スッキリ丹田熱〉から縁切り・縁結びによる奇跡

その内容というのは、私が小さい頃から思っていたことです。

「人間どうせ死ぬのに何で治療しますねん」

そこで、健康のまま生き健康のまま死ぬ漢方体操や漢方薬の必要性を訴えたわけです。その放送の内容の記事を元に韓国のいろんな団体へアプローチしていくと、早速韓国 YMCA 部長が私を訪問してきたのです。韓国のYMCAは日本のYMCAと違って、世界中に支部があり、韓国内でも500万人以上の会員を有する巨大組織であるのです。

寝ながら行う漢方体操を立位でやれるように変え、数十年ぶりのソウルへの招待を受け、YMCA の全国の指導者数百名を集めて指導したわけです。そこに出席していた韓国中央情報部の面々に私の無実の罪を訴えたことで、私の無実の罪は晴れたのです。
これで私のライフワークは終わったと思いました。しかし、これにはまだ続きがあります。

Ⓒ-12 他者を救うことについての見解

私は元来自己中心主義者でありますが、その自己中心の意味は、自分は正しく社会が間違っているといったり、逆に政治が正しくて民衆が間違っているというようなわがままな自己中心ではなく、哲学的な自己中心主義であり、今から言えば、生物医学本能のゆがみが取れた自己中心主義のことを言います。哲学的な自己中心の理由は以下の通りです。

1、学生時代からショーペンハウアーやニーチェ、キルケゴールなどの個人の実存主義哲学を好んでいたこと。

2、また高校時代に、国民、国家、民族という概念が確立してきたナポレオン戦争時代の文豪ゲーテが言っていた、民族を誇りにする野郎は、自分に誇りを持てない最低野郎だと言う本を見たこと。

3、どこの震災天災の時でも、例えば津波が来た時に、集団で行動するよりも、個人が勝手に自分の判断で自分の本能に従って山上に逃げる方が生存率が高いということが分かったこと。

私は他人に迷惑をかけない限り、どんな社会においても、法律を守っている限り、自己中心主義で良いという考えであったのです。
我がままな利己主義や、人に尽くすばかりの利他主義ではなく、社会秩序を守りながら、一人で孤独を楽しむ独立主義であるという人です。

ところがこの私の体験を出版した後、全国の私と同じような在日韓国人の無実の罪100名の身内の人が十数人、私の元を訪ねられて、その人たちの嘆き悲しみを見た時に、ハッと頭に浮かんだことがあったのです。

もし私がこの家族の恋人であり、主人であった場合、もし私が無実の罪の人の身内であった場合、そのうちの誰かが丹田発声法をやって助かるものであれば、これは人類遺産として残さなければならない。

生物医学理論的に言うならば、鳥が集団をつくって飛んでいて、その集団が山にぶつかりそうになった時に、たった一羽の鳥が山越えをした場合に、その一羽について行った集団は助かる、このことを証明しようと思ったのです。
個人で裁判するよりも全員で裁判する方がより効果的と考え、拷問後遺症で満足に働けない生活困難な無実の罪の在日の助けをしながら、裁判をはじめました。ほとんどの方は日本で生まれ日本で育ち、日本の大学を出て、差別に打ち勝つために頑張られて優秀な能力を持ち、人生を希望に燃えていた人たちでした。そんな彼らが無実の罪で拷問にあいました。

この私が無実の罪の人々を丹田発声法で助けることが出来たならば、これは集団生物医学本能を正常化するものであり、人類の宝となるものであると感じたのです。ですから今度は自分自身があくまで身内を助けるかのように、毎日無実の罪の人々を助けようとしたのです。それからは毎日丹田発声法をした後に、頭に浮かんだことを実行していきました。

と同時に、北朝鮮系組織、朝総連では、戦後北朝鮮に帰国した在日朝鮮人のほとんどが無実の罪で強制収容所へ送られ、拷問、死刑が多々あることが分かり、全国の朝鮮総連で漢方体操の講演をし、かつ北朝鮮政府に無実の罪を訴える試みをしようとしました。何回か朝総連の人々に接触しているうちに分かってきたことがあります。北朝鮮政府に、在日帰国事業における、在日全体への無実の罪を訴え、更には日本人、韓国人を含む外国人の拉致の解放を訴えようとした途端に、自分だけではなく、私の周りの抗議に関係する北朝鮮籍の在日が強制収容所へ送られるということです。自分一人が正しいと思っても、無実の罪の連鎖反応が起きると思って中止したのです。その国の改革は外部からでは無理です。韓国軍事政権も民主化で転覆したように、北朝鮮も北朝鮮国民が改革を起こすべきだと確信したのです。

日本、韓国、北朝鮮のみならず、どこの国でも無実の罪に対しては無関心であることを痛切に感じたのであります。私がどんな戦争であれ反対するのは、そこで生まれるのは一般市民の無実の罪、スパイでもないのにスパイにされる民族と民族のぶつかり合いの境界に出来るところの無実の罪、更に拷問と死刑があるからです。戦争反対の理由は無実の罪を発生させるからであります。

Ⓒ-13 生存本能正常進化

Ⓒ-13 漢方体操 丹田発声法 〈心スッキリ丹田熱〉生存本能正常進化による大統領謝罪への突破口

その後、朝鮮総連での講演は中止としましたが、丹田発声法〈心スッキリ丹田熱〉の生存本能正常進化で以下のようなことが起こっていきました。

1、北朝鮮、南の韓国、日本における無実の罪の集団は守る組織が一切ありません。日本における永住権というのはただそこに住むだけで、市民権がありません。市民権があれば政治家が守ってくれますが、たとえ永住権の代わりに日本で市民権が出来ても韓国人は守ってくれません。そこで当時の韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領に、直接手紙を知人伝いで渡しました。その時に韓国の国会で演説してくれと言われましたが、彼ら韓国政府の連中は在日韓国人に全く無関心で、私を政治的に利用しようとしていた気配を感じたので断り、手紙を出すだけにしました。その後知人を通じて、韓国中央情報部長から無実の罪への謝罪の電話があり、暫くして在日韓国人に戦後初めて韓国大統領選挙権が与えられました。
本物のスパイ同士の事件でも、二カ国間であれば身柄の交換の過程で、無実の人が分かるものです。しかし三カ国でのスパイ容疑というのは、どこの国でも身動きが出来ないので、無実の罪の人は永久に葬られることになるのです。現実社会のいじめやパワハラでも、二方向からであれば原因が分かりますが、三方向からであれば原因はなかなか突き止められません

2、次の 朴 槿恵(パク・クネ)大統領政権においては、在日韓国人集団スパイ事件の無実の罪裁判がなかなか進展しませんでしたが、その時に、私がかつて韓国ソウルYMCAで講演した漢方体操の一部が、韓国統一体操として無断使用されているとの報告がありました。それを聞いて私はYMCA関係者や野党関係者に調査するように言いました。それが様々な不正追及のきっかけのひとつとなって、朴 槿恵大統領の数々の不正が明らかになり、政権打倒デモが起こって政権交代となりました。私が日本に居ながら丹田発声法をし、頭に浮かんだことを実行したことが、朴槿恵政権打倒の要因のひとつになったのですが、朴 槿恵は、私をかつて韓国で、拷問、死刑宣告した、当時の朴正煕(パク・チョンヒ)大統領の娘なのです。私はチャングムの末裔でありますが、実際私の人生は映画、ドラマのチャングムを観ているようではありませんか(笑)。このプロフィールを読んだ患者さんは、ドラマのチャングムより面白いと言って互いに笑います(笑)

3、 新しく大統領になった文在寅(ムン・ジェイン)政権では無実の罪裁判で数々の勝利を勝ち取り、最終的に大統領が謝罪するまでに至りました。

今この丹田発声法を公開するにあたって、他人に迷惑をかけない自己中心主義の丹田発声法こそが、人類の本能を正常化し、生存本能力をつけて人類という集団を生物医学的に救うということが分かったのです。

だからこそ他者を救うための全ての宗教というのは、生物医学的に自分自身を救っていないのに、他者を救うことが出来るはずがないということが分かったのです。自分自身を救っていないということ、つまり人類は本能がゆがんでいるということは、ゆがんでいる者がゆがんでいる他人を救うことは出来ないということなのです。逆におせっかいなことをするから宗教であれ社会道徳であれ、他国と戦争虐殺、更に環境破壊するわけです。

自分自身を救うとは、自分自身の本能を正常化することです。そこで数千年間埋もれていたこの東洋医学、運命学の秘宝、三文字丹田発声法を、永久に人類に残すつもりで啓蒙活動とすることとしたのであります。

生物医学的にいうならば、人類はこれ以上形態学的に進化はしないけれども、機能で進化するならば、この三文字の丹田発声法に勝るものは一切ないと断言できます。

Ⓒ-13

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これで私の人生のライフワークは全て終わりました。

通販〈運命版〉であなただけの丹田発声法を入手し、あらゆる文化ジャンル (学習、宗教、哲学、心理学、スポーツ、武道)と併用すれば、必ず運命が変わって生の目的を達成します。

心スッキリ丹田熱〈永久の自我〉は自我合一である

生の目的を達成しても人間は皆死ぬ

ヒトの生の目的は人それぞれ違います。地位、財、名誉のように、他人からの名声を求める場合もあれば、健康づくりを目的にする人もいます。また、生の目的として好きなことをしたらいいと言う人もおります。

しかし地位、財、名誉とか、健康を求める道筋の途中で四苦八苦が起こります。好きなことをしたらいいと言う人にも、退屈と苦痛という四苦八苦が襲います。

例えばスマホが好きだからと言って中毒になり、止めるに止められないのは退屈だからであり、スマホ中毒の苦痛はなかなか取れません。四苦八苦の元、退屈と苦痛の流れが、一生人間は取れないからです。

たとえ生の目的で好きなことができた、地位、財、名誉、健康が確保できたと言う人でも、人間皆死ぬわけですから虚しいものです。

運命医学の生の目的は心スッキリ丹田熱=自我合一

認識運動弁証論的に心スッキリ丹田熱というのは、自我合一のことであり、心の形が丸くなるということは、生の不安と死の恐怖がなくなります。

この心スッキリ丹田熱は、哲学者ニーチェが挑んで失敗した永劫回帰の自我にあたり、心の球体はハイデッガーの求めていた現存在不安の消失を表しています。

彼らが求めていた永劫回帰の自我は、心スッキリ丹田熱のことであり、心の球体も心スッキリ丹田熱のことであります。つまり心スッキリ丹田熱は自我合一のことです。この心スッキリ丹田熱の自我合一は永劫の自我であり、同時に宇宙の存在、永久の宇宙の存在であるということを心と身体で確信できます。

心スッキリ丹田熱=自我合一は、生の不安と死の恐怖を消滅する

哲学者ニーチェ、ハイデッガーなどは、生の不安、死の不安克服を目指して哲学を立てたわけであります。永劫回帰の自我合一を目指したのですが失敗しております。

日本の天才作家の中で、生の不安、死の恐怖をなくす自我合一に挑んだのが、アルコール中毒の後、脳内出血で死んだ坂口安吾と、自衛隊で割腹自殺をした三島由紀夫です。右翼であり天皇性を信奉し、自衛隊で天皇中心の国家を訴えて自殺した三島由紀夫が最も尊敬したのが、アル中の無頼派で一見自由主義者だった坂口安吾だったのです。ほとんどの方が知らないでしょう。

坂口安吾は、右翼の大物、文学評論家小林秀雄をはじめ、宗教、文学者、哲学者全てをボロクソに言っています。要するに、坂口安吾は口先だけの文化人を極度に嫌っていたのです。彼らを単なる口だけでいい格好する、死を恐れる男たちと言っているわけです。坂口安吾は若い頃、生と死を超える宗教哲学、唯識論に挑んだのでありますが、この唯識論というのは、西北インドで4世紀頃、ヨーガ心理学、仏教心理学、密教心理学の最高峰として登場しました。坂口安吾は若い頃、徹夜で即身成仏する密教のお経を唱えて失敗し、重度の睡眠不足になりました。ひいては躁鬱病になってアルコール中毒になったのです。唯識論哲学で生と死の克服を目指して失敗したものの、死を恐れない坂口安吾を最も尊敬したのが三島由紀夫だったのであります。

三島由紀夫の最後の小説豊穣の海は、唯識論哲学の実証をしようとしました。そして割腹自殺をしたのであります。実は唯識論哲学は、この世を動かしているもの、この世の人間を動かしているものは、無我の流れであると、人間の心であると言っています。物質すらも無我の流れが作っているのだと言う理論でありまして、原始宇宙物理学で言うならば、ホワイトホールがこの世を作っているということです。実際に地球の原子、電子の隙間を埋めて圧縮したならば、テニスボールくらいの大きさになるわけでありますから、ホワイトホールがこの宇宙を作っていると言えると同時に、人間の心もホワイトホールの心、無我の流れが作っているということが言えるわけです。

結論から言いますと、心スッキリ丹田熱=自我合一は、唯識論でいうこの世の宇宙、人も宇宙も無我の流れが作っているということと同じなのです。無我の流れ阿頼耶識=心スッキリ丹田熱=ということだったのです。ですから、心スッキリ丹田熱は永遠の無我の流れを体感することでありますから、生の不安どころか、死の恐怖心も一切なくなるのです。三島由紀夫は心スッキリのために、美しい心を達成するために、天皇中心の国家を作るためのクーデターに命をかけ、唯識論における無我の流れを達成して死ぬために、丹田熱の代わりに、丹田に日本刀突き刺すという過ちを犯したわけであります。

生の目的心スッキリ丹田熱達成の方法 

丹田発声法の7秒以上のストップを、日常生活の掃除、洗濯の合間に、あるいは仕事の休息の時にするのが便利な方法です。普段から目をつむって心残りがあれば、例えばアイツ気に食わんなとか、仕事が沢山残っているとか、お金が欲しいとかいう心があれば、常に丹田発声法の7秒以上のストップで消去し、完全に雑念が消滅しない場合に、強化法で時間をかけることで雑念が完全消去し、自我合一が達成されます。、自我合一=永劫の自我=阿頼耶識が達成されます。丹田発声法の副産物、オプションが個別発声法の運命転換であります。この絵のように丸が凸凹を区分けしたり、丸のエントロピーが拡張して人間関係が変わったり、生存方向が決まり生活運が改善することが必ず発生します。
丹田発声法 冊子テキスト添え付き『人類遺産 丹田発声法 動画』参照

人類の全ての心の文化は大間違い

インド最高峰文化 心の理論 唯識論の大間違い

唯識論のみ二重の自我を初めて説く
4世紀頃、インド西北部で生まれた、精神文化最高峰の心の理論、唯識論(ゆいしきろん)というのがあります。この唯識論というのは、生きている間に無我の境地になって、阿頼耶識(あらやしき)=無我の境地になれば、輪廻転生しても、解脱安楽し、煩悩のない体で安楽な一生を送れるというものです。人間に生まれない場合は、光となって宇宙に永遠に存在するという理論です。

このインド精神文化最高峰の唯識論は、ヨガの宇宙との合一、あるいは仏教の仏陀が到達したニルヴァーナ(涅槃)、禅で言うところの悟りや覚醒、密教では生きた体のまま仏になる即身成仏が可能になるという理論です。その唯識論の目的としているのが、阿頼耶識=無我の境地を達成するものです。

深層無意識である阿頼耶識末那識(まなしき)87と言い、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚の5つの感覚を5、そしていわゆる意識を6と言います。

それら阿頼耶識=無我の境地=8識を中心に7識、6識、5識と玉ねぎのように重なって包まれていると考え、5識、6識、7識と雑念を取っていけば、即座に阿頼耶識=無我の境地になれると考え、二千年間何百万、何千万という、道を求める若者たちは誤解して修行に励みました。その修行法がヨガ、仏教、密教で、ありとあらゆる方法を取って行われました。をしたり、必死で祈ったり、あるいはヨガのポーズをしたり、手にムドラー(印相)をつくって真言を唱えたりしましたが、すべて失敗しました。これらの修行では、5識、6識までは取れてもそれ以上は無理なのです。この理論の創作者無著(アサンガ)と世親(ヴァスバンドゥ)の兄弟でさえ、5識、6識が取れた禅定(ぜんじょう)までは出来ましたが、7識、8識の阿頼耶識=無我の境地に至る、深層意識の雑念を消去する滅尽定(めつじんじょう)までは行っていません。阿頼耶識理論で書いています。

難しいのでここからは読まなくても結構ですが、5識、6識の意識は、各々に「見る自分」と「見られる自分」があるのです。7識、8識は「見る自分」と「見られる自分」がないので、7識、8識の心のゆがみを治すことが出来ないのです。5識、6識の意識は「見る自分」と「見られる自分」を見分、相分(そうぶん)と言って、ハッと我に返る自分と無意識に物事にのめり込む自分に分けられるので、反省が出来るのです。反省が出来るから、反省をバネに5識、6識の無意識浄化が可能となるのです。7識、8識の深層意識の場合は、ハッと我に返ることが出来ないので、反省が出来ないのです。分かっちゃいるけどやめれない、雑念や煩悩や欲が浮かぶのを止めることが出来ないのです。
Dr.朴のつくった丹田発声法は、7識、8識の深層意識の、分かっちゃいるけどやめられない雑念が、心の元であるインナーマッスルの緊張にあるのを取ることで、心スッキリが深層意識の心をスッキリさせ、二重の自我の心を丸くした中心の丹田経絡発声法で完全な
7識、8識の無意識消滅、浄化、滅尽定が可能となるわけです。
丹田発声法 冊子テキスト添え付き『人類遺産 丹田発声法 動画』参照

 丹田発声法の認識運動論弁証科学では、8識、7識の無意識をインナーマッスルの発声法で浄化し、5識、6識、7識の無意識のゆがみを浄化法の3文字発声で浄化し、8識、7識の無意識の中心を丹田経絡で成就するので、わずか7秒以上のストップで阿頼耶識=安楽解脱心に到達することが可能となりました。

三島由紀夫の阿頼耶識=無我の境地は、ゆがんだ自我である
三島は唯識論は輪廻転生を説き、輪廻転生の主体は無我の境地と考え、その境地で死のうとして自決しました。
輪廻転生が無我の境地というのは正解であるが、自決で無我の境地を得られるものでありません。三島由紀夫の自決による無我の境地と、唯識論阿頼耶識の無我の境地は全く違います。三島の無我の境地は、残念ながらゆがんだ自我でありました。
唯識論には二重の自我を見分相分と言い、この心の形の観念分裂を三島は知らず、また自我合一する丹田発声法のインナーマッスル操作も知らず、ゆがんだ自我のまま言語を絶する苦しみで自決されました。残念であります。

例えば、唯識論三十頌(じゅ)における捨二麤重故(しゃにそじゅご)は、二重の自我を合体させれば、無得不思議(むとふしぎ)無我の境地になって不思議なことが起きる、不思議善常(ふしぎぜんじょ)不思議な良いことが起こる、安樂解脱身(あんらくげだつしん)丹田熱で心スッキリして永劫の輪廻転生をする、ということを述べているのです。唯識論は人類史上初めて二重の自我の観念分裂を説いたのではありますが、合一する方法を知らなかったのです。更に三島由紀夫は唯識論の見分、相分も知らず、二重の自我の合一方法も知らなかったのです。丹田発声法における無我の境地とは、心スッキリ丹田熱のことであり、心スッキリ安楽、丹田熱の解脱心を表し、それが輪廻転生し、三島由紀夫の追及していた、美しい心と頑丈な肉体で、輪廻転生をして、美しい日本人の心をつくることが可能であったのです。

丹田発声法 冊子テキスト添え付き『人類遺産 丹田発声法 動画』参照

中国文化最高峰 陰陽五行医学の大間違い

中国の歴史学、哲学、医学、天文学、全て陰陽五行医学を土台としています。

東洋医学は内臓の血流の形を肝心脾肺腎で表したり、中国の歴史では陰陽五行の色、青赤黄白黒の順番で、革命や大乱が起こると言われており、赤眉の乱黄巾の乱などの名前が付いています。

残念ながらこの陰陽五行哲学、医学に基づいた気功や祈りや瞑想で、ゆがんだ自我の教祖が出ます。ゆがんだ自我からでもゆがんだ超能力が出ます。集団を外気で動かしたり、あるいは集団で自発動を起こさせたり、あるいは適当な預言がたまたま当たったり、そして彼らが教祖になって何百万、何千万の狂った集団を使って、以上の色彩をシンボルにして大乱を起こすのです。1つの乱に何百万単位の殺し合いが行われてきています。つい最近の毛沢東の文化大革命の数千万人の虐殺は色はつかっていませんが、毛沢東語録は真っ赤です(笑)。

  • 中国歴史上最高峰 運命学四柱推命の罪づくり

中国文明の運命学の四柱推命というのは、陰陽五行哲学を基盤にした運命学であります。起源は3000年前の中国戦国時代から始まっていると言われていますが、聖典としてまとめたのは、明朝時代の総理大臣劉伯温(リュウハクオン)であり、「滴天髄(てきてんずい)」という聖典をつくりました。「滴天髄」の使い方のコツをつくったのが清朝時代の大臣、陳素雲(チンソウン)であります。後は何百、何千と運命学大家が出ていますが、この2人が中国運命学の最高峰の理論と言われています。
しかしこの四柱推命の罪づくりと言うのは、木火土金水というのは心の形の行動様式であることが分からずに、地位、財、名誉の良くなる運命の星だとか、自然の木や火や土や金や水のような例え話に当てはめ、木火土金水が揃った綺麗な景色ならば運命が良いと言ったり、木だけとか土だけとか水だけとか偏りがあるのは景色が悪いので運命が悪いと言ったりしたものです。

そして木火土金水の配列は生年月日と時間で決まるとされてますので、自分の運命は決まったものとする宿命論に陥り、3000年間、この宿命論の運命学の非科学的四柱推命によって、中国社会での運命学の最高の目的は官僚になることとなりました。官、財、地位を求めることが社会的目標をになってしまったのです。そのために3000年間中国人の社会変革というのはあり得ず、独裁君主制の平和と、独裁君主制の破壊と戦争との、同じ繰り返しのパターンが続くことになりました。運命医学の運命というのは、木火土金水の心の行動様式が、生年月日の太陽と月の重力差のエントロピーと、バーストラウマ時の本能のゆがみを表すインナーマッスルの緊張のツボを計算することで出来ます。しかし、数千年間の運命学の四柱推命は、運命は変えられないということから、近代科学を発展させて地球環境変えたり、人間の日常生活の便利さを追求するような事は一切行われなくなりました。
 

 元来、この陰陽五行医学の目的は先天の生、後天の剋(せんてんのせいこうてんのこく)を制すれば真我(しんが)ができる。つまりバーストラウマ=出生時外傷のストレスを取れば真のあなたが出来る、つまり丹田発声法で言う心スッキリ丹田熱が発生し、永久の自我ができるということです。あなただけの発声法あなただけの丹田経絡運動によってできる正しい超能力とは、才能、人間関係、生活運の大転換のことです。21世紀以降の人類が、これが世界に広まることによって、個人が自分で自分を救う救自主(きゅうじしゅ)が出ても、狂った集団をつくる救世主が出ることを防ぐことができます。

西洋文化最高峰フロイト精神分析学とニーチェ哲学の大間違い
  • 精神分析学フロイトは、弁証法の使い方を間違った

西洋心理学の最高峰フロイト精神分析学を創出したフロイト自身が、ガンで死ぬ前に恐怖や不安に襲われて、不安神経症で死んだということは、医者の間では公然の事実です。彼自身も自分の精神分析学はひとつの仮説であり、後年の医者が正しい真の精神分析学をつくってくれることを期待すると言って死にました。

フロイトは心の無意識がエネルギーであると言ったり、装置であると言ったり矛盾してるわけですが、まず装置であると言った文章があります。
「科学的研究によって、われわれの根源的な感覚的知覚に基づいて明らかにされた研究成果は、外界に存在し、しかもわれわれの思考の内界においてその信頼すべき再現反映が実現されたさまざまの関連性、従属関係について得られた洞察である」
自分の研究成果が、心の無意識の装置として存在しているものだと言っているわけです。ところがまたこうも言っています。
実在は依然として『不可知』(unerkennbar)であろう」
「われわれは、それ自体は不可知であるたくさんの現象を解明し、それをわれわれの意識内に現われる現象に還元する。そして、もしたとえば、『ここに一つの無意識的な記憶が挿入された』というとすれば、それは、『ここにわれわれにはまったくとらえることのできないものが存在するのを、つまり実在を架空のエスとする。しかし、もしそれがわれわれの意識に達するとすれば、ただこんなふうに記述することができるのである』という意味なのである」
フロイトは唯物科学の立場を取ったり、不可知論の架空のエネルギーの立ち場を取ったり、一貫していないのです。

フロイト精神分析学を批判する医者はほとんどいないので、21世紀の医者は、無意識の装置エスというエネルギーの代わりに脳にチップを入れたり、脳のDNAをいじったりして人間が進化すると思っています。これは人類破滅の道です。

一方、無意識装置エスは性エネルギーと考え、全世界で性エネルギーを解放すれば、人間が進化するというフリーセックス運動も起こりました。ところが性を解放すると社会は崩壊するのです。フロイト精神分析学の大きな過ちです。性を解放すれば人間が進化するとでも錯覚しているのです。

逆に従来の世界宗教や社会制度がそうでありますが、性エネルギーを抑えようという動き、これも間違いです。

理性と性欲を戦わせてはダメなのです。どちらが強いのか戦う理論だから、社会も人類も崩壊するのです。理性と性欲を相互浸透、融合する丹田発声法のみが、個人の心と社会の統制を守っていけるのです。心スッキリ丹田熱の心スッキリが理性を最大限に拡張し、丹田熱が性欲を昇華する熱エネルギーとなるのです。フロイトの願い、無意識の解放は、丹田発声法によってのみ、無意識と意識の融合が行われるのであります。
 

  • ニーチェの永劫自我はゆがんだ自我である

丹田発声法の心スッキリ丹田熱が永劫の自我であるのですが、丹田発声法による永劫の自我のつくり方は、ゆがんだ本能を正し、ゆがんだ二重の自我を合一することで、永劫の自我が出来るのです。
ところがニーチェは人類の本能は正しいと考え、本能の延長として自我映像が出来る、つまり本能運動の延長として心が出来ると考えたために、ヒトの本能がゆがんでいることを知らず、結局心という映像もゆがんでいることを知らなかったのです。
さて、若き頃ニーチェは、ショーペンハウアーという哲学者の
「意志と表象の世界」という本を読んで、2週間不眠が続くほど、興奮して感激しました。ショーペンハウアーの哲学の元は、インド哲学のウパニシャッド(ドイツ語でウプカネド)でありました。ウパニシャッドでは、輪廻転生をこう説いています。まず心を綺麗な心、汚い心、残酷な心の三つに分け、このうちの綺麗な心であれば神に生まれ、汚い心であれば人間に生まれ、残酷な心であれば獣に生まれる、これがウパニシャッドです。
そのウパニシャッド哲学の影響を受けたニーチェは、以後人間を全て獣として扱い、そこから脱する方法としてあるがままの自分を受け入れることを考えましたが、それを追求しすぎて発狂したのです。

真実は、輪廻の主体、唯識阿頼耶識におけるところの無我の境地が輪廻の主体であって、無我の境地を達成するには、思考ではなく、心の元であるインナーマッスルを発声で浄化し、丹田経絡で丹田中心を決めて、心スッキリ丹田熱という真の無我の境地をつくることが輪廻の主体なのです。
結論を言うならば、あるがままの自分を受け入れようとして、永劫回帰の自我を達成することは不可能であり、丹田発声法によってのみ、永劫の自我が達成できるのです。
丹田発声法 冊子テキスト添え付き『人類遺産 丹田発声法 動画』参照

治療可能運命項目

才能運症例

Dr.朴の症例は複数名から十数名ときには数十名の方に同じ効果が出ていますので、症例患者の年代だけを申し上げます。以下、医者は虚偽の報告をすると罰せられる医療法に基づき、Dr.朴は真実の症例を述べます。

英語を3ヶ月でマスター 2040

~千里の道も一歩からでなく一歩で完成~

何年間も英語の勉強が三日坊主で終わっていたが、Dr.朴の丹田発声法の創作のプロフィールで科挙の学習法を知り、丹田発声法と強化法〈天地人〉をしながら、毎日10文型の丸暗記をスタートしたら、3ヶ月で外国人にベラベラ説教をできるようになった。お腹の中に英語200文型が入ったような感じである。

スポーツ 1030

~地面の力が手足に伝わる~

格闘技で、常に練習は強いのだが、試合になると負けてしまっていた。丹田発声法と強化法〈中心筋トレ〉をしたところ、負け続けた相手に連勝するようになった。体重以上の力が地面から伝わったのと、勝負になればかえってリラックスすることが出来たからである。

難関試験 3050

~問題集を丸暗記~

競争率10倍の難関試験を受ける際に、ダメ元と思い丹田発声法と強化法〈浄化法〉でお腹に問題集の答えを入れるようなイメージで丸暗記したら、当日は答案用紙を前に勝手に手が動いて合格した。人生で10倍の競争に勝ったことがないのでびっくりしている。

リラックスして仕事業績アップ 20~50代

~体が覚えるリラックス効果~
丹田発声法を行っても、すぐには丹田熱が発生せず焦っていた。頑張ってはダメだとのことだったので、今度は丹田熱を望まずに、雲の間の空を眺めるようにボーッと力を抜いてストップすると、初めて丹田熱が発生した。しばらく丹田熱を味わってから目を開けると、今まで感じたことがないほと体がリラックス出来ていた。毎日続けていたらリラックスを体が覚えて、職場での無駄な緊張がなくなり、仕事の業績も上がった。周りからは明るくなったと言われる。

人間関係運症例

いじめ 1520歳まで

~いじめたやつが自分の奴隷に~

学校で集団いじめに遭い、2カ月間学校を休んだ。3ヶ月目に丹田発声法と強化法〈浄化法〉〈拡大法〉をしたところ、2週間で学校に復帰できた。すると突然、いじめた奴が私を怖がり、1週間後には奴隷のように子分になった。周りは私に対して人間が変わったと言ってきた。これにより、人間の強さというのはオーラ、筋力、体力、精神力ではなく、丹田熱が発生してから生物として強くなり、相手が従ってきたのだと思う。

縁切り 2040

~いじめた奴が転勤に~

職場で1番嫌な事は嫌な上司がいることであった。仕事中何も手につかず怒りが込み上げ不満が溜まり、夢の中にまで嫌な上司が現れて憎しみが煮えたぎる毎日だった。丹田発声法の強化法〈浄化法〉で、イメージで相手の存在をぶっ殺すことを続けたところ、2週間後に嫌な上司が急におとなしくなり、その後、左遷されて転勤してしまった。周りの者は私の超能力でぶっ飛ばされたと言う(笑)これがDr.朴の言う縁切りだとびっくりしている。

良縁 20代〜40

~誰と付き合っても嬉しくなかったのだが~

周りから結婚の圧力があって憂鬱になった理由は、誰と付き合ったり話したりしても嬉しくなかったからであるが、丹田発声法と強化法〈浄化法〉で、1人で楽しく毎日を送ることができた途端に、出会う人が全て、私に会うと元気になると言い、沢山の人が私に寄ってくるようになった。付き合いたいと言う申し込みも沢山あった。その中で会った後に元気になる人を選べとDr.朴に指示されたので、その人と結婚することにした。丹田発声法で分かったことは、寂しいから相手を愛するというのは偽物であるということである。自分が元気になれば相手も元気になる。

生活運症例

生活不安 5080

~生活不安は現存在不安から~

衣食住や将来のお金の心配は何もないのだが、なぜかすべて順調に行けば行くほど生活不安が増大するので、丹田発声法と〈死の克服瞑想〉をしたところ、生活不安がなくなり、日常生活一日一日が喜びに包まれるようになった。些細な毎日の掃除、洗濯、散歩、買い物が全て楽しくなり、また日常生活をスムーズにすること自体が喜びとなった。

金銭不安 4060

~お金の不安はがいつも頭に残っている~

いくら働いてもなかなか貯金ができず、お金のことばかり考える自分が嫌だった。丹田発声法と〈死の克服瞑想〉をしたところ、お金の欲がなくなり、趣味に喜びを見出すようになった。暫くすると条件の良いパートタイムの仕事が増え、貯金ができりようになった。更に突然他の会社から高級優遇でスカウトされた。

リストラ後の転職 3050

~新規面接は嫌で嫌で仕方がなかったが~

リストラ後半年、丹田発声法と〈無意識運命選択法〉をしながら10件以上を面接を受けたが、〈無意識運命選択法〉では、「待て」という答えが出たので就職を決めずにいた。冊子テキストでは体が元気になるのが良い選択だと言われていたので、そんな会社の面接を待っていた。10件越したところで突然元気が出る面接担当官に出会い、今までよりも給料を3倍で採用となった。後ほど面接官に採用理由を聞くと、あなたを見た途端に、この人がいなければ我々の会社が潰れるという風に感じたということである。

日常生活の質向上 40~60代

~無思考で行動すれば成功する~

以前から漢方体操の通販は行っていたが、リニューアル版の丹田発声法の効果が凄い。これまでは雑念がなかなか消えなかったが、丹田発声法〈正式〉をしてストップするとすぐに思考が消え頭が空っぽになり、それがとても心地良い。日常生活では、思考で考えて行動するより体が先に動くようになり迷いが減った。体が動いて選択をするとほとんどのことが上手くいくので、これがDr.朴の言う成功方向を体が選ぶことなのかと嬉しく思っている。

丹田発声法の精神病への前例のない効果について

この度、漢方体操通販のリニューアルに2年という期間がかかったのは、精神病のひとつであり、治療不可能と言われた統合失調症を完治させるために、丹田発声法・秘伝の作成2年の年月が必要だったからです。

かつて全国の通販患者の一部の方々に統合失調症の方がおられ、その身内の方々に、丹田発声法で統合失調症を完全に治療をするという口約束をしました。
人間において最も大事なのは信用や信頼と言った「信」です。
人間は口約束の「信」を守るための約束を果たすことが、最も貴重で難しいことであります。
ある人間の人生においては、不可能な約束を、命をかけて果たさなければならないことがあります。

Dr.朴の人生においては、百名以上の在日韓国人の方に、スパイ容疑の無実の罪を晴らすことを、数十名の身内の方に口約束したことがあります。命をかけて50年後に、ついに果たしました。

 一方、医者としての私の「信」というのは、難治性の病気がどこまで治るのか、治らないのかをハッキリ言うことです。私は統合失調症の患者の身内の方々に、あるタイプの統合失調症を完全に治すと言ったことがあります。この23年の丹田発声法の秘伝を教えたことによって、完全治癒しました。その患者は複数名おります。

 あらゆる精神病(統合失調症、うつ病、躁うつ病、躁病、全般性不安症、社交不安症、広場恐怖症、パニック症、神経症、ストレス関連障害、認知症、解離性人格障害、パーソナリティ障害、依存症、高次脳機能障害、てんかん、発達障害、摂食障害など)の方も、一度勇気をもってお試しされることをお勧めします。ただし、心療内科、精神科との薬や指導の併用は必須です。